プラネ製作記 「アストロライナーの誕生」

Chapter3「恒星原板その1」


恒星原板

 恒星原板。文字どおり恒星の元となる板だ。外観は、直径およそ数センチの円板で、光を通さない膜がコートされている。一見ただの板だが、光に透かしてみると、非常に細かい穴がびっしりあいていることがわかる。この穴は、本物の星の明るさと位置を忠実に再現している。光源(スターランプ)の強い光がこの板を通り、レンズによってドーム上に焦点を結ぶと、まるで本物の星空のような映像が現れる。
 恒星原板はプラネタリウムの中で投影レンズと並ぶキーデバイスである。それは、加工に必要な微細さゆえんのむずかしさと、その成否が直接星空の見栄え(=プラネタリウムの性能といっても過言ではない)を決定するからである。
 現代の精密技術は非常にすばらしく、究極は原子を並べて文字を描くことまで実現している。それに比べれば、プラネタリウムの恒星原板のレベルは特に高度ではないかもしれない。けれど、巨費を投じる企業の研究所ではなく、高校を卒業したばかり、しかもアルバイトだけが資金源の大学生の手で、どうやってそれをつくればいいのだろうか?
 恒星原板の製法は、プラネタリウム3号機製作に要した4年間の、最初から後半かなりの部分まで私を束縛してきたテーマだった。そして、その過程で製法は幾度となく変化していった。高校2号機の延長線での手工業的な方法から、コンピュータ制御の原寸精密露光装置へと大きく脱皮した。エレクトロニクス、精密機械、コンピュータ、化学、数学というさまざまな分野にまたがる多くの課題をクリアし、恒星原板の製作が成功したのである。
 
 

微細な穴をあけるには

 これまでの投影実験では、料理用のアルミ箔に細い針で穴をあけた即席原板を使っていた。明るさも位置もでたらめでいいなら、こういうものでも用は足りる。アルミ箔の厚さは10ミクロン程度で、テスト程度ならほとんど問題にならない。
 けれども、実際にプラネタリウムに組み込む原板はどうすればいいか。光を通さない板に穴をあけるならドリルを使えばよさそうだが、数はともかくその大きさが問題だ。うんと小さい穴をあけなければならないのだ。穴が大きいと、像が大きくなる。本来は点にしか見えないはずの星が、まんまると太った団子のように見えてしまっては興ざめだ。ピンホール式では、もともと像がぼけてしまうのでやむを得ないが、レンズ式では、像のコントラストを上げられる。原板の穴を小さくすれば、像をはるかに小さく絞り込むことが可能なのだ。
 まず、どのくらいの大きさの穴をあける必要があるか、見積もってみた。だいたい次のような通りだ。  つまり0.13mmの穴をあけると、直径1cmの像が投影されることになる。1cmの大きさの像というと、ドームの中心から見たとして、距離は半径=3メートル分、普通の視力の持ち主なら明らかに丸い円板像だとわかってしまうくらいの大きさだ。ちなみに本物の太陽や月の1/3強の大きさがある。大きいようだが、狭い空間では体感的に小さめに感じることと、プラネタリウムの場合、観客がドーム中心にいることは本質的にあり得ず(中心には投影機があるから)、多くの場合、投影機を挟んで対角の像を見ることが多くなる。つまり、ドーム半径より遠くから見ることになる。そういうことを考えればなんとか許せる範囲だろう。
 だがここで勘違いしてはいけないのは、これは最小の穴ではなく、一番大きい穴だということだ。星の明るさを穴の直径で表現するならば、2等級より暗い星は、穴をより小さくしなければならない。
 高校時代に製作した2号機の最微星は7.0等星だった。だからというわけではないが、3号機でもせめて7等までは投影したい(もっとも、6メートルクラスのメーカー機では、せいぜい6等までしか投影していないのだが)。
 ところで星の明るさは、等比数列的に決まっていて、1等級の明るさの差が約。2.5倍。2.5の5乗=5等級の差はちょうど100倍になると決められている。2等星と7等星の差が5等級。明るさ比が100倍ということは、星像の面積比が100倍。つまり直径比では10倍となる。つまり、7等星を、そのままの明るさで再現するには、0.13mmの10分の1=0.013mm(13μm)の大きさにしなければならない。13μmというサイズがどの程度か実感するのはむずかしいが、シャーペンの芯の太さのおよそ40分の1といったところか。もちろん肉眼でも虫眼鏡でも見ることはできない大きさで、顕微鏡レベルの話だ。しかもやっかいなことに、星の数は暗い方が圧倒的に多く、膨大な顕微鏡サイズの極微穴をあけなければならないのだ。
 
 

やはり縮小撮影

 穴あけ用のドリルは、普通なら数mm程度、細いものでは0.2mm程度まではあけることができるが、それ以下は特殊になるし、扱いも極度にむずかしくなる。まして、10μmそこそこの極微穴をドリルであけるのは並大抵のことではない。そういうことを考えると、機械的に穴をあけることは現実的でない。となると、すぐに思い浮かぶのが、写真原理を応用することだ。つまり、恒星原板を写真フィルムでつくってしまうのだ。これなら穴あけも必要ない。私は子供の頃から写真の現像をやっていたこともあり、写真材料の扱いには慣れていたから、それは特別なものではなかった。そして、高校時代の2号機ですでに原板にリスフィルムを使った実績がある。2号機の延長線の技術だ。ただし、2号機と違うのは、穴の大きさが段違いなこと。2号機みたいに簡単にはいかないかもしれない。
 2号機の場合は、透明フィルムに遮光性インクで星をプロットし、あたかも日光写真のような密着焼き付けで原板を製作したが、写真は拡大縮小が得意でもある。拡大してつくった原稿をレンズを使って、縮小し、目的の大きさにすることもできる。たとえば、倍率10倍の拡大原稿をつくるとする。恒星原板の直径5cmに対して原稿サイズは直径50cm。そして拡大原稿上の星像は、最小で0.13mmとなる。これでも楽ではないが、絶対に無理な話ではない。
 また、写真はネガポジの反転が得意だ。しかも、普通に撮影すれば、自然にネガ像ができるのだから、黒地に透明な星像を写し込んだ原板をつくるには、白地に黒く星を描いた原稿を用意すればいい。
 
 

ケント紙でつくる拡大原稿

 白地に黒の原稿をつくるなら、なんのことはない。大きなケント紙を用意して、これにインクなど適当な方法で星を描けばいいではないか!最初に考え、試みたのは、手描きで星をプロットする方法だった。その元になるのは星の位置を正確に記した星の地図(星図)だ。2号機に使った「標準星図(地人書館)」は7等星まで記されているのでちょうどいいだろう。
 まず、以前作成した座標変換式をもとに、トレーシングペーパに赤経赤緯のグリッド線を半分だけ作図する。ケント紙に0.13mmの点を描くことはやはりむずかしいと思ったので、拡大比は10倍ではなく、15倍にした。星をプロットする基準グリッドの目盛りは1度刻みとした。同じピッチの目盛りを星図にも引いておいた。
 それにしても、膨大な星のプロットや座標位置の計算をコンピュータでできればいいだろうとは最初から考えていた。だが当時私はパソコンを持っていなかった。そして使い方も知らなかった。そんな私は、BASICでプログラムの組めるポケットコンピュータで組んだプログラムを使って、赤経赤緯から原板上のXY座標に変換、これを赤経赤緯1度ごとに計算して、方眼紙の座標を基準に位置をプロットしていった。完全な手作業だ。
 これをつくったら、ライトテーブル(中に照明が入ったテーブル。居間で使っていたガラステーブルの下に蛍光灯を入れて代用した)に原稿用ケント紙と重ね、目盛りに添って、星図から星を描き写していくことになる。とりあえずどんな感じになるかやってみよう。星図と見比べて、明るさごとに薄く鉛筆で印をつけ、あとでスミで清書した。もちろん、明るさごとに大きさを区別して・・。透明フィルム(2号機)とケント紙(3号機)の違いこそあれ、やっている作業は2号機とほとんど同じだ。グリッドこそ正確に引いてあるにしても、その網目の中の位置は目見当だ。明るさを決める星の直径は、計算で決めていたが、書くのは手作業なのでその通りにするかは腕次第。かなり熟練の要る作業となりそうだった。
 気が早い私は、後先も考えずこの方法で10枚以上もの原稿をつくってしまった。ただ、つくっているうちに、位置はともかく明るさ(プロットする点の大きさ)をきちんと統一できないかと考えていた。インスタントレタリングを使うのはどうだろう?と考えるようになった。
 
 

レタリングシート

 インスタントレタリング(以後レタリング)は、シートに用意された文字パターンを紙にこすりつけると紙に転写されるというものだ。文房具屋ではたいていお目にかかるのでご存じの方が多いだろう。いろいろな形の文字をきれいに転写できるので便利だ。そして、それにはさまざまな模様のものが用意されている。そして、大小さまざまな点や丸も・・・ならば、その中で適当な大きさのものを選び出し、明るさごとに分類して転写すればいいじゃないか?手で書くより、大きさの管理ははるかに正確にできる。
 そんなわけで、レタリングシートを探しはじめた。膨大な種類があるから、いくらでもみつかるだろうと思っていたが、探してみるとなかなかぴったりのものはない。星の明るさは、最低でも1等級刻みで分類する必要があり、明るさつまり等比数列的に大きさが違う幾種類もの丸(点)が必要になる。そうした都合のよさそういサイズがなかなかないことと、大きい方はともかく、0.3ミリ以下の小さいものは、これまたなかなかみつからなかった。
 東急ハンズなど大きな店を含めいろいろ探した結果、唯一小さい点がとれそうなのは、ドットパターンだった。小さい点がびっしり連なっているやつだ。これから、ひとつづつ取り出せばいい。けれど、ドットの間隔が狭すぎて、ひとつづつきれいに取り出すのがむずかしいという欠点があった。やってみるとわかるが、ちょっと下手をすれば、隣り合ういくつかのパターンまで同時に転写されて星ではなく「星団」になってしまう。うまく増すキングする金具をあてがうという方法もあるが、作業がより面倒になってしまう。1万以上もある星をプロットするのだから、作業性がよさそうく、一個ずつ煩わされるものではならない。
 レタリングには、そういう面で決め手になるものがなかった。

コンピュータ登場

 人力で星をプロットするのは正確さを欠く。その上で正確さを求めようとしたら、作業性が犠牲になる。正確でありながら膨大な作業から解放されるにはどうすればいいか?決め手になりそうなのはやはりコンピュータだった。当時は16ビットCPUのパソコン&MS−DOSが全盛の時代。現在のWindowsの時代からは比べるべくもないが、星のデータを事務的、数値的に一括処理するにはじゅうぶんな能力を持っているはずだった。もし、パソコンが、星の位置計算、そして拡大原稿の印刷出力までぜんぶやってくれたなら・・・手作業のあの苦労から完全に解放される!それは私にとって夢だった。私はパソコンの知識はまったくなかったが、使いこなしさえすれば、その力は計り知れない。
 幸い、高校時代の友人の岡本君が、パソコンには長けていた。16ビットのPC9801を所有していて、BASICのプログラムはもとより、当時はまだ一般的ではなかったC言語も一部かじっていた。彼に状況を説明して相談した。
 星の位置を座標変換してプロットすること自体はむずかしいことではないと岡本君はいう。彼の厚意で、彼の自宅で実験を試みさせてもらうことになった。BASIC言語を使えば、星を希望の座標にプロットしてモニター画面に出すのもプリントアウトするのも思いのほか簡単だということがわかった。そして、正確無比に点をプロットできるのはさすがコンピュータだとうならされた。ただし、私にとってのひとつの関心事はどれだけ小さい点が打てるか、だ。BASICのグラフィック命令で点を打ってハードコピーを取るだけならやさしい。しかし、プリンタの印刷結果は満足いくものではなかった。ドットが荒すぎるのだ。
 15倍寸の原稿をつくるとして、最小0.2ミリの像が出せなければならないが、大きさを等級に合わせてキメ細かく変化させるとなると、ドットの分解能はもっと高くなければならない。少なくとも、0.1ミリ程度の分解能で印刷できなければならない。さもなくば、拡大比を大きくするしかない。それには撮影台のサイズを相応に大きくする必要が出てくる。
 マシン語命令でプログラムすれば、半分程度の細かいドットピッチを得られるかもしれないと岡本君はいう。しかしそれでもまだ不十分だ。あるいはレーザープリンタを使えばいいとも彼はいう。だが、低価格で市場に出回っている今と違い、当時それはまだ高ねの花で、大学で使わせてもらうことすら無理だった。その他、プロッターなど、いくつか案はあったけども、いずれも決定的なものではなかった。
 ここで、当時、私が考えていた拡大原稿作成方法を整理してみるとこんな感じだ。 決定的な方法は、なかなかみつからなかった。
 
 

こうなれば装置も手作り。フォトプロッター

当時のフォトプロッターの構想
自由に移動できる露光ヘッドを使って写真の印画紙に像を焼き
つける。コンピュータ制御の技術を持たなかった当時の私とし
、手動で原稿をならう方式しか考えられなかった。この装置は
材料集めと一部の組立まで進めたが、その後の原寸露光用マイ
クロプロッターのアイディアにとって代わられ、完成をみるこ
とはなかった。いわば幻の装置となった。
 なにか目的がある。けれども、その目的を達成させる機材が存在しないか、入手できないという場面に遭遇したとする。そういう時、「必要なものがなければ自分でつくる」という発想をする癖がついていたように思う。今回も、つまづきを解決するたけに、自分で適当な機材をつくること、に考えが変わっていった。
 レーザープリンタを自分でつくるはずもないが、ここでひとつのアイディアが思い浮かんだ。名付けてフォトプロッター。写真を使って星をプロットしてゆく装置だ。拡大原稿の素材には大サイズの写真印画紙を使う。そこに、星を、光で焼きつけていくというものだ。すなわち、暗箱の中に印画紙をセットし、その上で、任意の直径のビームを出せる露光ヘッドがXY方向に自由に動く。そうしておけば、任意の位置に任意の大きさで星像をプロットできる。子供のころに印刷屋で見せてもらった写植機(写真植字機)がアイディアの原型で、構造も機能も、写植機そのものでもある。露光が終わった印画紙を現像すれば、拡大原稿のできあがりだ。印画紙は解像度が高いので、0.2ミリ程度の解像度を出すことはまったく問題ではない。装置の原理もむずかしくない。きちんとピントが合うようにするためにはあるていど精度は保たねばならないが、今の技術でじゅうぶん製作できそうだ。ただし、きちんとしたものにしようと思ったら、それなりに製作には手間やお金がかかる。着手するにはきちんと検討をしておく必要がある。  XY方向のスライドは、レバーを手動で操作するのが一番楽で確実だ。暗箱の上に星図をおき、スケールで位置を合わせて、スイッチをおすと露光される、といった具合にすればいい。露光の光源は、ハロゲンランプか、白熱電球でもいいが、それよりカメラに使うフラッシュランプが一番よさそうだ。フラッシュランプは使ったことがなかったが、本で発光回路を勉強して、秋葉原に点灯回路のキットが売ってあったのでそれで試した。  とくに問題はなく、性能も目的にはじゅうぶんかなうものができるはずだった。ただ、基準となる星図をもとにカーソル位置を合わせ、フラッシュさせていく作業にはミスが許されない。紙原稿ならその場で修正液も使えるが、印画紙となると、現像してみるまでミスを修正できない。装置はできても、作業はかなり大変なものになりそうだ。  できればプロット作業をコンピュータ制御して自動化できないだろうか?ここまでやるなら自動化したいと思うのが人情だ。データを与えれば自動的に星を露光して原稿をつくってくれる装置。私の切なる願いだが、できあいのプリンタならともかく、自作の装置と電気回路を、コンピュータと接続して、それを制御する。それをどうやって実現すればいいのか、コンピュータの知識も電気回路の知識も不十分な当時の私にはまったくわからなかった。
 
 

救世主現る パソコンインターフェースのテクニシャン

 ステッピングモーターの簡単な駆動回路をなんとかマスターしていた私は、それをパソコンに接続する方法をなんとかモノにしようと本を読みあさった。だが、書いてある内容は私にはちんぷんかんぷんだった。I/Oアドレス空間?アドレスデコード?難解な用語がぽんぽん飛び出してくる。インターフェースの原理をごく簡単に説明してある本というものがなかなかないのだ。理解できないだけに、参考回路図は複雑怪奇なものとしか見えない。そのあたりで立ち往生している時、ある縁で、力強い助っ人が現れた。佐倉さんだ。
 当時大学院生の佐倉さんは、まさしく私が一番ほしがっていた技術をマスターしていた。パソコンのインターフェースならお手のものなのだ。古いPC9801-Fを操り、アセンブラレベルまでのプログラミングをこなす。デジタル回路ならだいたい組める。私にとっては魔法のような世界に見えた。私がことの事情を相談すると、インターフェースのしくみを、ごく簡単にわかりやすく教えてくれた。パソコンの内部には、背骨のようなI/Oというバスがあることを。そこにはものすごい種類の信号が途方もない速さで行き来しているが、それがすべてアドレスという暗号で区別されていることを。それをロジックICで区別してやれば、コンピュータとの意志のやりとり=インターフェースができることを。そして、その制御は、OUT、INPという命令を使って、BASICからでも操作できることを。どんな本よりも丁寧に、わかりやすく。そして、私自身がその技術をマスターするきっかけになった。しかも、回路の製作という形で協力さえしてくれるというのだ。夢に思っていた自動制御が、現実になるかもしれない。力強い助っ人を前に、私は実感した。

 つづく