しかし問題はそれだけではなかった。屋内の場所がなんとしても確保できず、屋外露天になってしまうというのだ。ドームは風に弱い。汚れも心配だし、真っ黒い塩化ビニルのドームが夏場の直射日光下にさらされれば、中は猛烈な暑さになることは明らかだ。屋外での設営には無理が多かった。 依頼者側で体育館などの施設の手配に奔走していたが、無駄に終わった。そこで、工事用の足場を訓で櫓を作り、周りをコンパネで囲って風雨をしのぐと言ってきた。慎重な西川さんはこの公開にはやや懐疑的だった。だが、今更しかたなかった。状況を把握するため、西川さんと2人で予定地に視察に行った。依頼者である『T旅行』の社長のお出迎え。『あのフォーカスに出てた人』とすっかり有名人呼ばわりされてしまった。気のよさそうなおじさんである。その日は日差しの強い夏日だった こともあり、一番の心配事はエアードームの冷房についてだった。僕は締め切ったドームの中が、観客の体温でいかに暑くなるか、いやというほど体験している。まして、日程は真夏である。移動式の冷房装置3台の確保をお願いした。また、当地での客の整理などは、現地の天文サークル「星夜会」がやってくれることになった。
「茅野どんばん」は、現地が毎年恒例としてやっている大きなお祭りだ。おみこしやら笛太鼓やら踊りやらと、いわゆる普通のお祭りで、なんでプラネタリウム? なんで旅行会社が? と不思議ではある。それはさておき、問題はかんじんの投影機。改造途中、新しい太陽投影機が間に合わない。それにプログラムも半端だ。3月にくらべるとかなり寂しい状態だ。 とにかく祭りは8月8日。引き受けたからにはやるしかない。レンタカーでワゴンを借り、乗用車と2台で人員、機材を乗せて6日の深夜、投影機を置いてある生産工学部を夜な夜な出発することになったのだ。
車はいったん僕の自宅に寄って音響関係の機材を積み込み、再び中央高速で西へ!深夜の高速道路は空いていて、現地にはずいぶん早めに着いてしまい、翌朝ホテルの広間で仮眠した。みんな早くも疲れが出ている。 準備は午後から始めた。櫓という限られたスペースでドームをちゃんと膨らませられるかが心配だったけれど、僕らの心配をよそに無事ドームは膨らんだ。組立作業中に、投影機の信号線を誤って切断してしまうトラブルがあった。現地でホームセンターを探し、コテやビニール線を買い、なんとか応急修理することができた。あとは特に問題はなく、いつもの体育館でと同じように準備はできた。いや、むしろ大学の体育館(2階)よりも、階段がないだけ楽なくらいだ。
雨は、降ったり止んだりしながら、さらに勢いを増してくる。予報によれば、大形で非常に強い台風は、太平洋側からまもなく上陸し、ちょうど長野県を縦断するという。まさしく直撃だ。外はもはや祭どころじゃないらしく、表に並んでおた屋台などはどんどん撤収してゆく。
なお困ったことは、そんな状況にもかかわらず、いや、そのような状況だからこそ、観客がどんどん増えてくることだった。会場は露天で、近くに雨をしのげる場所がない。祭りに集まった人々は、突然の嵐の襲来で、ドームに雨宿りしようとやってくるのだった。 ドーム内は超満員で撤収すらできない。なんということだ! 仕方なしに解説を続行した。僕はなるだけ平静に解説するようにした。しかし時折ドームはぐらりぐらりと揺れる。矢印で星座をさしても、星座の方がゆれてしまい、方向が定まらない。地平線がぐらりとゆれて外の光がのぞく。すさまじい雨音。「ここに白鳥座が・・」けれど、いつドームがつぶれるかわからず、解説している方も見ている方も白鳥座どころではなかった。
片 付けを終えて、我々は漆原氏に寿司をごちそうになってほっと一息。寝不足に台風の襲撃。へとへとである。もう二度とこんなめにあうのはごめんだ。みんなそう思っていた。 台風は日本海側に抜け、翌朝はほぼ快晴だった。今年は記録的な晴れ続きだったにもかかわらず、ちょうど申し合わせたように台風にぶつかってしまったことになる。不運だったが、大きな事故もなく、観客もたくさん入ったので、よかったのだろう。
6月頃から代表者会議が数回開かれるようになった。主催者側から一通りの説明がされた。そこで気になったのが、保安面での注意。出展に際してはあらゆるものが消防法の制限を受ける。プラスチックや可燃物は極力避け、それから天井をふさぐのは避けましょうなどという。「えっじゃあエアードームはどうなるの?」と心配になるのは当然だろう。会議終了後に主催者側と話し合うと、主催者側もちょっと心配そう。「塩ビ製のエアードームですか。ちょっと調べてみましょう」主催者側も、会場に自動車を持ち込んだりいろいろやったけれども、エアードームというのはやったことがないという。
気になるのは保安面で規制対象になるかどうか。特に消防法である。それで、あちこち出向かされて調査から始めることになった。千葉県庁のA氏や主催の日刊工業新聞のK氏らと同行してメッセ事務局、千葉県庁などに足を運ぶ。そこで分かったことは、消防法の扱いは、建築基準法の扱いによって大きく変わるのだという。そこで、ドームは建築基準法でいうところの建築物になるかどうかが問題になった。「工作物」は、厳しい規制は受けないのだけれど、「建築物」ということになってしまうと、家を建てたことのある人ならとうにご存じの通り、確認申請だとか、めんどうな手続きが必要になってしまう。一般的にはビニールをぶわっと膨らましただけのエアードームは、どう見ても建築物とは思えないが、法規の色眼鏡で見れば事情が違ってくる。構造はどうであれ、不特定多数の人が出入りする場所で、天井まで覆われていれば、建築物に該当する可能性があるということが分かってきた。 ひとたび「建築物」ということになると、もはや手続きだけでゆうに数カ月はかかり、開催までに間に合わない。ふつうに考えれば建築物ではないのだ。そこで、緊急時の避難方法を考えて、安全性を納得してもらうしかない。そこで、消防署と相談の結果、「自動火災報知器を設置する」、「万一の火災時はただちに消火できる態勢を整える」といった条件をもとに許可を頂くことになった。火災報知器は、センサーを天井に取り付け、煙や火を検知すると警報が鳴る。消火は、天井が高いので消火器ではだめ。幸い、出展場所である第5会場には放水銃が設置されているので、ドームをこの近くに設営することで、警報と同時に天井から散水されるしかけだ。
というわけで、ひとまず公開できることになった。今後も、屋外や体育館などで数日公開する程度なら問題はないが、幕張メッセのような会場で本格的に公演する場合には問題になる可能性があるという。エアードームの保安管理は今後も課題になるだろう。
さて、3月公開から9月の幕張メッセ公演までの長い期間(後に8月の茅野公演が急遽入った)を利用して、性能や信頼性の面で問題があった制御系統を大々的に作りなおすことになった。 旧システムとは基本設計が全く異なる新システムの基本構想をまとめたのは、3月公開から2カ月ほどすぎた5月頃。すでに9月に決定していた幕張メッセでのワールドテクノフェアへの出展をにらみ、主催者側から出展補助金が支給されることから、改造に踏み切ったというわけだ。 とくに制御システムと、駆動系が大きく改造された部分だ。新しく構築した制御システム(システム2)は、システム1で使用していたコンソール(解説席に置かれた白い大きな操作盤)は姿を消し、その代わりに中央制御装置CCSが入る。マニュアルコンソールとメインコンピュータで折半していた制御権を全面的にコンピュータ側に移し、頭脳であるメインコンピュータと、中枢神経としてのCCSの役割分担を明確化した。この新しいタッグにより、すべての機能を自動制御するフルオートモードと、それをベースに実現する仮想マニュアルモードが備わった。ソフトウエアの役割がますます重要になり、情報表示やコマンド操作も、機械式の計器板は省いてほとんどをコンピュータ側のGUIで行うようになった。CCSはシステム1では考慮されなかった太陽系投影機の制御機能を内蔵し、本体投影機と惑星投影機を同列に扱い、合計22軸のポジショニングサーボを同時制御する機能を持つ。
XY独立制御の惑星投影機と、3軸デジタル制御の本体投影機により、星空の再現可能範囲は、地球上の世界各国から、一挙に太陽系全域に広がることになる。たとえば火星からみた星空を再現可能なのだ。 本体投影機の駆動制御部分、太陽投影機など、電気系統をほとんど入れ換えてしまったのだから、これはもう”改造”というより”完全な作りなおし”である。新鋭のシステム2は、その一部が茅野でも使われたが、フル規格で稼働するのは幕張メッセが初めてとなる。 開催の1週間前。生産工学部の研究室内で、システム2の宇宙シミュレーション機能を活用した初のオート番組「2014年火星への旅」がプログラミングの最終段階に入った。
つづく