激動の1992年地方行脚の旅(前編)


台風で散々だった茅野どんばん

続く反響

台風予想外の反響を呼んだ3月デモ公開は終わったが、その余波は公開後もしばらく続いた。イベント企画業者や、マスコミ関係からの問い合わせが相次いだ。県や市、企業の広報誌などの取材が相次ぎ、またテレビのクイズ番組の出題として使われたりもした。そんな折りに、長野県茅野市の旅行会社から移動公演の依頼が舞い込んだ。
 それは、8月の現地の祭り『茅野どんばん』のひとつの呼び物として、プラネタリウムを投影して欲しいという。前回のFOCUSの記事を見て知ったという。お祭りにプラネタリウム。おもしろそうな話だったが、状況的には簡単ではなかった。すでに9月のワールドテクノフェアへの出展が決定していた時期で、そのためのシステム改造に追われていたからだ。本体投影機も、メカ系を中心に大改造の途上にあり、その直前にあたる8月に、初の、しかも遠隔地への移動公演はとても無理に思われた。断るしかないと考えた。 しかし、先方の希望は強かった。こちらの事情を話したが、なんとしてもやってほしいと、引き下がらない。結局、機能限定、結果保証なしという条件で承諾することにした。

 しかし問題はそれだけではなかった。屋内の場所がなんとしても確保できず、屋外露天になってしまうというのだ。ドームは風に弱い。汚れも心配だし、真っ黒い塩化ビニルのドームが夏場の直射日光下にさらされれば、中は猛烈な暑さになることは明らかだ。屋外での設営には無理が多かった。 依頼者側で体育館などの施設の手配に奔走していたが、無駄に終わった。そこで、工事用の足場を訓で櫓を作り、周りをコンパネで囲って風雨をしのぐと言ってきた。慎重な西川さんはこの公開にはやや懐疑的だった。だが、今更しかたなかった。状況を把握するため、西川さんと2人で予定地に視察に行った。依頼者である『T旅行』の社長のお出迎え。『あのフォーカスに出てた人』とすっかり有名人呼ばわりされてしまった。気のよさそうなおじさんである。その日は日差しの強い夏日だった こともあり、一番の心配事はエアードームの冷房についてだった。僕は締め切ったドームの中が、観客の体温でいかに暑くなるか、いやというほど体験している。まして、日程は真夏である。移動式の冷房装置3台の確保をお願いした。また、当地での客の整理などは、現地の天文サークル「星夜会」がやってくれることになった。

  「茅野どんばん」は、現地が毎年恒例としてやっている大きなお祭りだ。おみこしやら笛太鼓やら踊りやらと、いわゆる普通のお祭りで、なんでプラネタリウム? なんで旅行会社が? と不思議ではある。それはさておき、問題はかんじんの投影機。改造途中、新しい太陽投影機が間に合わない。それにプログラムも半端だ。3月にくらべるとかなり寂しい状態だ。 とにかく祭りは8月8日。引き受けたからにはやるしかない。レンタカーでワゴンを借り、乗用車と2台で人員、機材を乗せて6日の深夜、投影機を置いてある生産工学部を夜な夜な出発することになったのだ。
 
 

初めての移動公演へ、出発!

 輸送中、車の振動でプラネタリウムがぶっ壊れないかが心配でならなかった。車が揺れるたびに地平線下遮光シャッターが「かぽーん」とやや間抜けな音を立てていた。振動で配線が切れたりしないだろうか。慎重に作業したはずなのに、どうしても不安は消せない。とにかく唯一の商売道具なのでこいつがうまく動かなかったらオシマイだ。このころからこの投影機は「御神体」と呼ばれるようになった。しかしご神体といっても形だけのこけおどしとはわけがちがう。金属とガラスとシリコンチップでできたこの御神体は、実際に働く「生きた神様」なのである。しかしそうはいってもがたがた揺れていると心もとない。やっぱり頼りない神様である。現地で全然作動しないときは、こっそりずらかろう!となどととんでもないことを冗談交じりに話していた。

  車はいったん僕の自宅に寄って音響関係の機材を積み込み、再び中央高速で西へ!深夜の高速道路は空いていて、現地にはずいぶん早めに着いてしまい、翌朝ホテルの広間で仮眠した。みんな早くも疲れが出ている。 準備は午後から始めた。櫓という限られたスペースでドームをちゃんと膨らませられるかが心配だったけれど、僕らの心配をよそに無事ドームは膨らんだ。組立作業中に、投影機の信号線を誤って切断してしまうトラブルがあった。現地でホームセンターを探し、コテやビニール線を買い、なんとか応急修理することができた。あとは特に問題はなく、いつもの体育館でと同じように準備はできた。いや、むしろ大学の体育館(2階)よりも、階段がないだけ楽なくらいだ。


 
 

準備日

 櫓を建てるということで、基本的には屋内同等だと考えていたけれど、実は鍵がかからず誰でも出入りできてしまう。いたずらされないように常に誰かが見張っていなくてはならない。これは困った。しかしこうした局面で頼りになるのが西川さん。西川さんがうまく仕切り、みんなで話し合った末、2班に別れて夜間、前半と後半の見張りを交替ですることにした。その前の夜は機材運搬だったし、みんなすっかり寝不足である。夜中、ドームの中で投影機を動かすプログラムの改造を進めた。 そして当日朝。機材には異常はなく、朝からの公開は予定通り始めることができた。観客もかなりの数である。初回あたりはさすがに満員ではないが、昼ごろにはもう50席が埋まるようになった。しかしさすがは祭り。みこしが近くを通るとどんどんぴーひゃらととにかくうるさい。解説の声がまるで通らないことには閉口した。打ち合わせで話には聞いていたが、これほどとは思わなかった。

不吉・・台風接近

 さて、午後になって、それまで晴れていた空のようすがだんだんおかしくなってきた。解説は西川さんと交替で進めた。午後1時くらいだったか、西川さんの番が終わり、ドームに入るとき僕は、外が曇ってきたなくらいにしか気に留めていなかった。しかし解説中上から突然ザーッと物凄い音。何事かと気になりつつそのまま解説を終えて外に出た僕はビックリ。雨である。それも滝のような豪雨である。聞くと、大型の台風が近づいているという。

  雨は、降ったり止んだりしながら、さらに勢いを増してくる。予報によれば、大形で非常に強い台風は、太平洋側からまもなく上陸し、ちょうど長野県を縦断するという。まさしく直撃だ。外はもはや祭どころじゃないらしく、表に並んでおた屋台などはどんどん撤収してゆく。

<嵐!

 そのうち雨だけでなく、風まで強くなってきた。櫓は、工事用の足場を組んで、ビニールをかけてあったが、横風が隙間から吹き込んできた。最初は櫓を覆っていたブルーシートがなんとか風雨を遮っていたが、やがて少しずつ風でとばされてゆき、いつのまにかドームはもろに台風の強風と大雨にさらされるようになった。ゴーッという激しい風が容赦なくドームを襲う。横からたたきつけるような大雨。大変なことになってきた。 空気で膨らましただけのドームは風に特に弱い。当然、強風下で激しくゆれ、とばされそうになった。西川さんをはじめとするスタッフ、星夜会のメンバー、それこそ会場にいる全員総出で、ドームがとばされないように押さえることになった。ドームが風でとばされてUFOと間違えられる、なんて冗談ではすまされない。全員ずぶぬれである。それでも、恐ろしい力はドームを容赦なく揺すり、地面が持ち上がって転倒しそうになる。

  なお困ったことは、そんな状況にもかかわらず、いや、そのような状況だからこそ、観客がどんどん増えてくることだった。会場は露天で、近くに雨をしのげる場所がない。祭りに集まった人々は、突然の嵐の襲来で、ドームに雨宿りしようとやってくるのだった。 ドーム内は超満員で撤収すらできない。なんということだ! 仕方なしに解説を続行した。僕はなるだけ平静に解説するようにした。しかし時折ドームはぐらりぐらりと揺れる。矢印で星座をさしても、星座の方がゆれてしまい、方向が定まらない。地平線がぐらりとゆれて外の光がのぞく。すさまじい雨音。「ここに白鳥座が・・」けれど、いつドームがつぶれるかわからず、解説している方も見ている方も白鳥座どころではなかった。
 
 

暴風雨に負けるな

 ドームの外では、倒れそうになるドームを押さえるべく懸命の奮闘が続いていた。同じ研究室卒研生の田中君などが中心になって、雨でズブぬれになりながら賢明にドームの固定作業。風の力でバラストを付けるチューブが剥がれたり、ドームの損傷も少なくなかった。 幸い台風の接近がもたもたしていたせいか中断に追い込まれることはなく、夜9時の最終回まで投影を決行することができた。しかし終了後は一刻も猶予はならず、翌日に予定していた撤収をその日でやらねばならなかった。星野会のスタッフ共々十数人で慌てて撤収作業にかかり、1時間ほどで終えてしまったのは奇跡である。『火事場のバカ力』に通じるものがあるかもしれない。ところで、このとき巡回に来た警官に、「この嵐の中オマエら何やってるんだ」とどやされる一幕もあった。

 片 付けを終えて、我々は漆原氏に寿司をごちそうになってほっと一息。寝不足に台風の襲撃。へとへとである。もう二度とこんなめにあうのはごめんだ。みんなそう思っていた。 台風は日本海側に抜け、翌朝はほぼ快晴だった。今年は記録的な晴れ続きだったにもかかわらず、ちょうど申し合わせたように台風にぶつかってしまったことになる。不運だったが、大きな事故もなく、観客もたくさん入ったので、よかったのだろう。
 
 

ワールドテクノフェアへ向けて

ドームは建築物?使用禁止?

話はややさかのぼるが、茅野どんばんを目前に控えた7月頃、9月に開催される『ワールドテクノフェアIn千葉(以降、テクノフェア)』への出展準備の方も忙しくなりはじめた。出展の代表者会議も開かれるようになり、出展に関する規定や小間の配置などなど説明がなされた。 テクノフェアは、9月17日から20日までの4日間、千葉県は幕張にある日本コンベンションセンター、いわゆる幕張メッセで開催される。この中には、千葉県工業技術展、国際会議、国際セミナーの3つがあって、我がプラネタリウムはその中の工業技術展に出展する。産業界が主役の見本市だが、産、官、学の交流を図ろうという主旨のもと、大学部門などからの出展を奨励しようということになったという。企業出展者は出展にあたってはかなりの小間代を支払っているというが、大学側は逆に出展料が無料どころか、かなりの補助金を頂けるという。そして日大生産工の代表として、我がプラネタリウムが出展されることになったのである。

  6月頃から代表者会議が数回開かれるようになった。主催者側から一通りの説明がされた。そこで気になったのが、保安面での注意。出展に際してはあらゆるものが消防法の制限を受ける。プラスチックや可燃物は極力避け、それから天井をふさぐのは避けましょうなどという。「えっじゃあエアードームはどうなるの?」と心配になるのは当然だろう。会議終了後に主催者側と話し合うと、主催者側もちょっと心配そう。「塩ビ製のエアードームですか。ちょっと調べてみましょう」主催者側も、会場に自動車を持ち込んだりいろいろやったけれども、エアードームというのはやったことがないという。

 気になるのは保安面で規制対象になるかどうか。特に消防法である。それで、あちこち出向かされて調査から始めることになった。千葉県庁のA氏や主催の日刊工業新聞のK氏らと同行してメッセ事務局、千葉県庁などに足を運ぶ。そこで分かったことは、消防法の扱いは、建築基準法の扱いによって大きく変わるのだという。そこで、ドームは建築基準法でいうところの建築物になるかどうかが問題になった。「工作物」は、厳しい規制は受けないのだけれど、「建築物」ということになってしまうと、家を建てたことのある人ならとうにご存じの通り、確認申請だとか、めんどうな手続きが必要になってしまう。一般的にはビニールをぶわっと膨らましただけのエアードームは、どう見ても建築物とは思えないが、法規の色眼鏡で見れば事情が違ってくる。構造はどうであれ、不特定多数の人が出入りする場所で、天井まで覆われていれば、建築物に該当する可能性があるということが分かってきた。 ひとたび「建築物」ということになると、もはや手続きだけでゆうに数カ月はかかり、開催までに間に合わない。ふつうに考えれば建築物ではないのだ。そこで、緊急時の避難方法を考えて、安全性を納得してもらうしかない。そこで、消防署と相談の結果、「自動火災報知器を設置する」、「万一の火災時はただちに消火できる態勢を整える」といった条件をもとに許可を頂くことになった。火災報知器は、センサーを天井に取り付け、煙や火を検知すると警報が鳴る。消火は、天井が高いので消火器ではだめ。幸い、出展場所である第5会場には放水銃が設置されているので、ドームをこの近くに設営することで、警報と同時に天井から散水されるしかけだ。

  というわけで、ひとまず公開できることになった。今後も、屋外や体育館などで数日公開する程度なら問題はないが、幕張メッセのような会場で本格的に公演する場合には問題になる可能性があるという。エアードームの保安管理は今後も課題になるだろう。

制御システム大改造について

さて、3月公開から9月の幕張メッセ公演までの長い期間(後に8月の茅野公演が急遽入った)を利用して、性能や信頼性の面で問題があった制御系統を大々的に作りなおすことになった。 旧システムとは基本設計が全く異なる新システムの基本構想をまとめたのは、3月公開から2カ月ほどすぎた5月頃。すでに9月に決定していた幕張メッセでのワールドテクノフェアへの出展をにらみ、主催者側から出展補助金が支給されることから、改造に踏み切ったというわけだ。 とくに制御システムと、駆動系が大きく改造された部分だ。新しく構築した制御システム(システム2)は、システム1で使用していたコンソール(解説席に置かれた白い大きな操作盤)は姿を消し、その代わりに中央制御装置CCSが入る。マニュアルコンソールとメインコンピュータで折半していた制御権を全面的にコンピュータ側に移し、頭脳であるメインコンピュータと、中枢神経としてのCCSの役割分担を明確化した。この新しいタッグにより、すべての機能を自動制御するフルオートモードと、それをベースに実現する仮想マニュアルモードが備わった。ソフトウエアの役割がますます重要になり、情報表示やコマンド操作も、機械式の計器板は省いてほとんどをコンピュータ側のGUIで行うようになった。CCSはシステム1では考慮されなかった太陽系投影機の制御機能を内蔵し、本体投影機と惑星投影機を同列に扱い、合計22軸のポジショニングサーボを同時制御する機能を持つ。

 XY独立制御の惑星投影機と、3軸デジタル制御の本体投影機により、星空の再現可能範囲は、地球上の世界各国から、一挙に太陽系全域に広がることになる。たとえば火星からみた星空を再現可能なのだ。 本体投影機の駆動制御部分、太陽投影機など、電気系統をほとんど入れ換えてしまったのだから、これはもう”改造”というより”完全な作りなおし”である。新鋭のシステム2は、その一部が茅野でも使われたが、フル規格で稼働するのは幕張メッセが初めてとなる。 開催の1週間前。生産工学部の研究室内で、システム2の宇宙シミュレーション機能を活用した初のオート番組「2014年火星への旅」がプログラミングの最終段階に入った。

つづく