MEGASTAR製作日誌(2008年1/17)


虚像と実像
星ナビでの打ち合わせの続きであるが、
虚像と実像。表舞台に出る人間にはつき物の悩み。こういうことで悩めるのは贅沢ということだろう。
それはさておき、
雑誌などメディアで紹介されている姿が、虚像だという話になり、ドラマや教科書で描かれる、プラネタリウム作りに苦心の末成功した話が、メディアによって作られた美談だという話になった。確かにそうかもしれない。日常では限りなく無能でマヌケな僕を知っている人にとっては、僕が英雄らしく描かれるなんぞ、笑止千万はてまたこの世の終わりにすら見えるかもしれない。
 とはいえ、メディアで描かれる僕がウソかというとそうでもない。インタビューは事実関係をチェックしているし、思いの丈に則っている。僕自身が書く文章もだ。
 ようするにマヌケな面とマジメな面の両面がかなり強いコントラストで並存していて、誰かは前者を、誰かは後者を見る。どちらが真の姿か?僕自身が分からないのだけれど、きっとどちらも真実であるし虚像でもある。

 ただ、人前でヘラヘラ笑って下品な言葉を連発する癖がついた背景には、自分を低く見せることで嫉妬から来る攻撃を防ぐ、僕なりの身の守り方だったかもしれない。そう気づいたのは、会社員時代に上司にそう指摘された時だった。「卑怯だ」と断じられたその手法。いかに自分がダメかを演出することによって仲間に入ろうとして、本物のアホと思われ軽蔑される。そんな失敗もずいぶん多く犯してきたような気がする。集団の中では常に末席で、友人ができなかったのも、恋愛ができなかったのも、考えてみれば当然の話だった。

 まあともかく、虚像は大きく広がっていくし、それがいい結果を導いてくれている。何の不満もない。マネージャーさん曰く、それはわざわざ壊すべきものでないとも言う。なぜプラネタリウムを作ったかと聞かれて答える話にウソ偽りはないし、まあいいではないか。身近な人ですら分からないのだから、メディアが一人の人間の全側面を捉えて伝えられるはずがない。一面的なイメージで描かれる僕を見て「異議あり!」の声もでるだろうが、100%のウソでもない。そう割り切って、自分たちにも社会にも有用な舵取りをしていくしかない。
おっと、これ連載で書くべき内容だったかも?