日本一のプラネタリウムマニアを自認するあなたは、しばらく休館が続いていた都内の某科学館のプラネタリウムが革新的な進化を遂げて再オープンしたと聞いて、ほうほう、どのへんが改良されたのか見てやろうじゃないかと、早速その科学館を訪ねる。 ドームシアターに入ると、ようすは以前と変わらない。直径15.24m、傾斜角23度。しかし目ざといあなたは中央にあった恒星投影機が姿を消しているのにすぐ気づく。ほう、なんとメガスターが完全デジタル化されたのか、しかしデジタル式は一般的に光学式に比べて解像度は落ちるからな、これはリアルさよりも映像表現を優先しただけか、などとあなたはいっぱしの評論家ぶりにけちをつける。やがて開始時間が近づき、促されてシートについたあなたは、そこにシートベルトが備わっていることに気づく。まさかシートまで動く仕掛けか?なるほど、リニューアルでかなり力を入れていることは認めるが、よけいな演出がかえって安っぽくならねばいいが、などとあなたの見方はどこか否定的である。しかしメガスターは繊細なプラネタリウムだから、よけいな演出でかえってだいなしになることもあるというあなたの心配は、あながち的外れとはいえない。 やがてアテンダントのお姉さんのアナウンスがあって、上映開始である。ドームに映し出された映像が動きはじめる。ロケットに乗って宇宙に飛び立ちます、か。なんだ、お約束の変わりばえない演出だなとあなたは心の中で苦笑いする。しかし直後に、映像が以前に比べて遥かに鮮明になっていることにも気づく。メガスターだけでなく全天周映像もアップグレードされたのか。いや両者ひとつになったのか?おまけに、床から伝わる振動や轟音もいい感じだ。ここの音響は、以前からわりと評判いいからな、などと考えながらあなたは移り変わる場面の展開に身をゆだねる。なるほど、映像も音も、相当のグレードアップに違いない。あなたの最初の不審感はいつのまにか消えうせ、期待感に変わっている。やがて映像は、漆黒の宇宙空間に移り変わっていく。やがてまさに降るような星空が現れる。これは。。。。あなたは星空に見とれる。あなたの視界いっぱいに広がった星ぼしの輝き、この天の川の質感。無限の奥行き感。それは今までのあらゆるものとはまるで別物だ。美しいだけでなく、リアルだ。スクリーンに映っている映像でなく、本当に無限の彼方に輝いている星のようにしか見えない。凄い。凄すぎる。なるほど確かに革新的な進化とうたうだけのことはあると、ようやくあなたは納得する。 あなたはポケットから双眼鏡を取り出して明るい一等星に向けてみる。拡大しても一等星は鋭い点像のままだ。この映像の解像度が、想像を絶する途方もないものだということにあなたは気づく。しかしどこか素直でないあなたはここでまたぞろ意地悪根性を出して、こうなったらどこかにアラを見つけてやろうと星図をもとに星空の色々なところに双眼鏡を向けてみる。このへんがマニアの悲しい性である。しかしその試みも空しく、あくまで星空は完璧で、狂いがなく、それどころか、チェックすればするほど、この星空の完璧さを思い知らされるばかりなのだ。 やがて星空がゆっくりとめぐりはじめる。スクリーンの淵から巨大な光り輝く地球が現れてくる。まばゆく、蒼く。これまた凄い。この輝き、このキメ細かさ。ハイビジョンなんか全く目ではない。望遠鏡を向けてもピクセルが目立たない、それどころか拡大すれば都市や海岸線の波しぶきまで見えてくるありさま。しかしいったい全体、コイツはどういう仕組みなんだ。どう見ても本物にしか見えない。あなたは、感動を通り越して狼狽すら覚えはじめる。信じられないものを見せつけられてすっかり不安を覚えたあなたは、急にドームの外に出たくなってシートベルトを緩めて席から立ち上がる。出口であなたがドアノブに手をかけようとすると、さきほどのアテンダントが血相を変えて" 飛んで"くる。 「お客様、上映中にご気分が悪くなられましたか?いえ、外に出てはいけません。危険ですから。本当に危険なんです」 いったい外に出るくらいでそんなにムキにならなくてもいいじゃないかといぶかりつつ振り返ったあなたは、そのアテンダントのただならぬ表情と姿から、すべてを悟ったのだ。そう、自分が今どこにいて、ここで目撃したものが何だったかを。あなたはドアのロックがしっかりかかっているか確かめてから言った。 「あなたも席についてシートベルトを締めたほうがいい。体が床から浮いてますよ。ここは無重量状態なんだから」
プラネタリウム開発者、大平はメガスターに限界を感じていた。恒星数?解像度?ドームに映像を投影する方式では、輝度に限界があるし、映像の歪も避けられない。この問題に直面した大平に突破口を与えたのが、学生時代に取り組んでいたロケット技術だった。 おりしも発足していた新会社、大平技研で極秘裏に活動していた航空宇宙事業部と原子力事業部が開発した原子力ロケットエンジン。ずいぶんいかつい代物だが、ようするにウラン燃料集合体で核分裂反応を起こして高熱を発生させ、これで水素を加熱して噴射し、強力な推進力を得るだけの簡単なしかけ。何も難しいことはない。こいつの単純さにくらべれば、今まで、やれ恒星原板の精度だ、プロジェクターの映像の歪だと悩んでいたのが実にばかばかしくなる。しかし何のために開発され、どこに納入されたのかは、長い間、誰にも打ち明けないままだった。しかしこれこそが、究極のリアルな星空を観客に見せるための最終兵器だったのである。件の科学館では、長期休館の間にかなり大規模な工事が行われたが、その工事の内容は何か、勘のいい皆さんはすでにお分かりであろう。映像に限界があるならいっそのこと本物を見せてしまえばよい。それが一番確実で完璧ではないか。まさにコロンブスの卵的発想である。そして、この空飛ぶシアターの真に恐るべきところは、肝心のお客は、自分がシアターごと本当に宇宙に打ち上げられていた事を、最後まで知らされないことにある。だって、それが映像ってことにしておくほうがお客も感銘してくれるだろうし、真実を知らせてしまうと怖がって入場したがらないお客様もいらっしゃるからである。そして"上映"終了後、何も知らないお客さんたちは、まさに私たちの思惑通り「凄い映像を見た、まるで本物のようだった」と満足げに、帰っていくのである。 空飛ぶシアター。21世紀のプラネタリウムの世界標準。 もしあなたが、あるプラネタリウムを訪れて、やけに星空や映像がリアルだなと感じた時は、いちおう念のため疑ってみるといい。 あなたの見ている映像が、本当に映像なのかどうかを。
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| 2005年4月23日 |