大平のプラネタリウム年表
(1979-1984) (1985-1990) (1991-1996) (1997-2002) (2003-)
製作・開発 発表・公開 その他の活動 主な社会現象
1991年
・本体組立が始まる
・制御コンソール設計製作(システム1)

・太陽投影機製作。朝夕投影機を太陽に同架
・ブライトスター。個別光源。またたき回路(フリッカードライブ)組込み
・新制御システム システム2構想。I/Oインタ^ーフェース製作
・プラネタリウム3号機「アストロライナー」を日大生産工学部 学園祭にて初公開
・日大生産工学部機械工学科に復学
1992年
・システム2のI/Oカードによる現システム機能拡張。変換カードで対応。信頼性強化
・3月公開後、システム2の製作

・新型太陽、惑星投影機の設計製作。ただし惑星は間に合わず、太陽のみ完成(8月)
・日大体育館にて機器調整を兼ねたデモ公開(3/1-8) マスコミ多数で報道
・茅野どんばん祭り(長野県)で公演 台風に見まわれつつ成功(8月)
・ワールドテクノフェアin千葉に出展(9月)。幕張メッセ。日大の代表として
・広島県蒲刈町にて公演(10月)。
・日大体育館にて2度目の学園祭公開(11月) 撤収時に本体落下事故発生
・卒業研究で大内・竹島研究室に配属。テーマとしてプラネタリウムのまとめが認められる(4月)
1993年
・本体修理作業着手なるも進まず
・修理作業に着手。改良なども含め
恒星原板の微細化検討 4μルールへ
・かすがい祭りで公演。北天恒星球のみで日周運動など一切せず。(10月) ビデオ映像との連携
・卒業時 日本大学優秀賞を受賞(3月)
・大学院浪人
1994年
・日周軸の信号系を光スリップリングに。電力スリップリング小型化
・本体外装色を白からメタルグリーン色へ 新型薄明投影機(3色9光源)
・マイクロプロッター制御ソフト改良。マスターレプリカ。マップドフォーカス方式。4μ試作成功

・恒星数を45000個に
・ドーム用生地が見つかる
・株式会社アラコ文化祭にて、破損後初の復旧公演(5月)。恒星原板装てんミス。星座の大部分が正しく投影されず
・野辺山スキー場にて公演。完全復旧にて。8ドーム破損。廃棄
・大学院進学(日大理工学研究科精密機械工学専攻) 
・画像処理ハードウエア研究に着手。高速移動物体追跡オプティカルフロー
・ビデオ帯域高速A/D変換実験。ノイズ影響大きく
1995年
・場内照明用 蛍光灯調光インバータ開発。チョークトランス方式考案で2000倍レンジ。トラ技に投稿
・新エアドーム完成。直径10メートル密閉型
・オリジナルバス仕様 システム3の構想。パラレル高速バス 階層マルチプロセッサ 
・原板フォーカスサーボ技術を検討開始
・超小型モバイルプラネタリウム「アストロライナー2」の構想
・富士山観望会(スカイウオッチャー誌企画)10メートルドーム初披露
1996年
・惑星投影機を完成。うち1台を急きょ百武すい星に
・アストロライナー2の基本構想まとまる 本体重量30kg以下。恒星数100万個超、サブミクロンを照準に
・インターネットホームページ「スーパーリアルプラネタリウム」開設(8月)
・アストロライナー2のメカ設計完了。組立開始。
・新原板製造装置「スーパーマイクロプロッター」製作開始 アルゴンレーザ購入
・卒業記念公開 日大理工体育館にて。百武すい星をプログラムに
・IPS(国際プラネタリウム協会)入会。大阪大会にてアストロライナー口頭発表 海外から多数の反響
・世田谷区 弦巻中学校ドームにて投影。テレビ東京の依頼。番組企画。アストロライナー最後の実演となる
・オプティカルフロー処理ハードウエア完成。移動物体追跡実証。修士論文で発表
・日大理工学研究科修了。電機メーカー生産設備部門に就職
前ページへ 次ページへ