移動公演の顛末記
個人で本格的なプラネタリウムを建造する。本来ならば不可能とさえいえる計画を完遂するためには、幾年もの歳月をそのためだけに費やすことを余儀なくされました。そして、完成したプラネタリウムはいったい・・?作ることだけを考えた私にとって、その後の運営は、時に行き当たりばったりでした。しかし、個人作業が主だったマシンの製作とは対照的に、上映は、多くの人々に支えられてのものでした。
これから紹介するのは、当時大学生の私が、プラネタリウムを完成させてから、各地で公演して回ったときの顛末記です。ドームが台風であおられたり、投影機が台座から転げ落ちて大破したり、マスコミがつめかけて大慌てだったりと、ふつうの日常生活では体験できないエピソードももりだくさん。今回は栄光の、そしてトラブルまみれの初公開。メカとエレクトロニクスの塊である投影機、それをとりまく熱く、時に間抜けなドキュメントです。
本文はNifty-ServeのFSPACEのデータライブラリに登録したものに加筆訂正したものです。
4年越しの製作を経て、期待の3号機アストロライナーついに始動。しかし、それはトラブルの連続でした。まさに奮闘劇です。
初公開の翌年。マシンの調整と整備を目的としたデモ公開だったが・・・
各地から公演依頼が殺到。初の移動公演に挑んだが、そこで待ち受けていた運命は・・
正念場のテクノフェア、広島遠征の末に、とんでもないハプニングが・・!
クラッシュから1年。突如入った公演依頼。復活をかけた部分公演の成否は如何に?
アストロライナー最終公演にはるばる北海道から来場された坂本理恵さんの爆笑レポート